おもろ民芸酒場

壺屋にほど近い那覇市桜坂の古い一角にある「おもろ民芸酒場」。
かつては壺屋の陶工や、濱田庄司、バーナード・リーチ、金城次郎など民藝関係者が集まったという。
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リーチ工房の市野茂良作品 / 塩釉注瓶

市野茂良 Shigeyoshi Ichino (1943-2011) 作塩釉注瓶 / 1971年頃リーチ工房にて製作

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リーチ工房のスリップウェア大皿

リーチ・ポタリー Leach Pottery 製スリップウェア大皿
リーチ工房創成期に作られた1920年代の作品。
直径:約340mm

濱田庄司は自身の著作中に、当時スリップウェアの大皿ばかりリーチと競う合うように作ったと書いています。

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セント・アイヴスの市野茂良とリーチ工房作品展

2015年9月12日(土) – 9月20日(日) 13時〜18時

丹波の陶芸家市野茂良氏 Shigeyoshi Ichino(1942−2011)は1969年バーナード・リーチ Bernard Leach (1887-1979)氏の招きで渡英し、1973年の帰国まで共に働きました。
奥様の茂子さんのご協力により少数ではありますがセント・アイヴス滞在中に製作された作品と、リーチ工房スタンダードウェアを中心にご紹介します。

写真撮影:市野茂良氏

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「この世このまま大調和」河井寛次郎

第二次世界大戦末期、戦況差し迫る京都を憂慮し、見納めになるかもと寛次郎は毎日のように夕方になると清水辺から阿弥陀ケ峰にかけての東山の高みに上っていたと記しています。

「この世このまま大調和」と悟ることにつながった言葉を閃いた場所だと寛次郎自身が述べている周辺の風景です。(新日吉神社鳥居付近)

これは河井寛次郎 Kanjiro KAWAI (1890−1966)の言葉として良く知られるものの一つですが、この言葉を悟った経緯が「蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ」に書かれています。

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濱田庄司の湯呑

濱田庄司 Shoji HAMADA (1894-1978)作の湯呑茶碗
1940年前後の作品。

Sold

バーナード・リーチの絵皿

バーナード・リーチBernard Leach (1887-1979) の絵皿
磁器製皿で呉須で里山風景が描かれている。
場所は定かではないがリーチがジャネットと休日を過ごした丹波の山里を彷彿とさせるようだ。
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工藝新聞タタター

京丹波のギャラリー白田より工藝新聞・タタターが創刊されました。
創刊号の特集は「紙と木」です。
プレス機による表紙、また本文は孔版で美しい和紙に刷られています。

執筆は陶芸家・石井直人、紙漉思考室・前田崇治、木工家・川合優、美術史家・武田好史、ギャラリー白田・石井すみ子の各氏に加えて私も拙文「惹かれるもの」を寄稿しています。

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御殿山 首里石嶺窯跡

沖縄県那覇市首里石嶺町の丘の上にある沖縄そば店。古民家をそのまま使用しガジュマルの木灰そばを出す名店。
現御殿山には1970年代に現読谷山焼大嶺工房主宰の大嶺実清 Jissei Omine (1933- )率いる首里石嶺窯が築かれ若き日の現読谷山焼北窯主宰である松田米司 Yoneshi Matsuda (1954- )、共司 Kyoshi Matsuda (1954- )兄弟が研鑽を積んだ場所。
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エドワード・ヒューズさんの器

Slipware Loving Cup

エドワード・ヒューズ Edward Hughes (1953-2006) 氏は英国の陶芸家で国画会会員であった。
湖水地方に窯を構えたが事故のため53歳の若さで夭折した。
バーナード・リーチ(Bernard Leach、1887-1979)や濱田庄司(はまだ しょうじ、1894-1978)を通して民藝の思想に触れスリップウェアを中心に暮らしの器を製作した。
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